細胞ラマン計測にもとづくライブセル・オミクスの実現

細胞ラマン計測にもとづくライブセル・オミクスの実現

細胞内には膨大な種類の遺伝子が存在し、その多数の遺伝子の発現状態は細胞の状態決定に大きく影響を与えると考えられます。トランスクリプトームやプロテオームなどの網羅的な遺伝子発現状態のこれまでの計測手法では、必ず細胞を破砕または溶解し、細胞内のRNAやタンパク質を取り出す必要がありました。一方、細胞を破壊せずにその内部の分子情報を得られる可能性をもつ手法として、ラマン分光法が注目されています。ラマン分光法とは、ある波長のレーザーを分子に当てた際、分子固有のラマン散乱光が生じることを利用し、これを分子の指紋として標的分子を同定する手法です。しかし細胞は膨大な種類の分子から成り立っています。したがって、細胞から得られるラマンスペクトルは、多数の分子それぞれから生じるラマンスペクトルの重ね合わせとなります。この重ね合わさった極めて複雑なスペクトルから、細胞内部の大多数の分子の量を同定することは、スペクトルを分解するという従来の一般的な方法では不可能ではないかと考えられてきました。

われわれはこの問題に対し、ラマンスペクトルを直接分解するのではなく、細胞のトランスクリプトームとラマンスペクトルの対応を計算論的に見つけるという、新たなアプローチを採用しました。実際、われわれは両者のあいだに密接な対応関係があることを明らかにし、さらにこの対応関係を利用することで、わずか数秒のレーザー光照射で取得できるラマンスペクトルから、細胞を破壊することなしに、細胞内の数千種類におよぶ網羅的な遺伝子発現量を推定できることを示しました。

このラマンスペクトルとオミクス情報の対応関係を利用すれば、細胞のオミクス計測を非破壊・迅速・安価に行える可能性があります。さらに、生細胞内の大規模な遺伝子発現の変化を、ラマンスペクトルを通して明らかにする「ライブセル・オミクス」の実現につながる可能性もあると考えています。

See also:

  1. Kobayashi-Kirschvink, K. J., et al. (2018) Linear Regression Links Transcriptomic Data and Cellular Raman Spectra.  Cell Systems 7(1): 104-117.E4.
  2. 亀井健一郎, 小林鉱石, 中岡秀憲, 若本祐一. 細胞のラマンスペクトルから遺伝子発現プロファイルを推定する新手法. (2019) バイオサイエンスとインダストリー, 77(1): 17-21.